多田屋3代目・喜教 -鍋島令嬢との恋-
時は大正末から昭和初期のお話です。
多田喜教(故人、後に多喜館主人=現在の多田屋)はその頃東京にある鍋島家別邸の自動車運転手をしながら、夜間大学に通っていました。
自動車で鍋島藩藩主・直虎を貴族会館に送り迎えをしながら、その合間で長女・鍋島家令嬢好子を学習院大学まで送迎する日々。いつしか好子さんとの間には恋が芽生え始めたのでした。
だが二人の身分は違いすぎました、大名家のお姫様と一方は一介の貧乏書生。鍋島家の方が認めるはずもなく、強引に二人を引き離そうとしました。しかし、それでも二人の想いは強く、昭和二、三年ごろ駆け落ちをして、和倉温泉多喜館で一緒に働くようになり、子供も四人恵まれて、鍋島家も二人の結婚を認めてくれるようになったのでした。
好子さんは不慮の事故により昭和13年にお亡くなりになりましたが、当時の鍋島家から頂いたプレゼントも多田屋に飾られており、当時の文化を今も多くのお客様に感じて頂いております。
